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2011年11月

2011年11月29日 (火)

白山は雪化粧/夕焼けに染まる

白山がようやく雪化粧して白山らしくなった。周囲の山も含めて広い範囲が薄っすらと白い雪で覆われている。高い山は冬になったが、手前の低い山はまだ黒々としている。冬はこれから順番に里に下りてくるのだろう。

夕方の白山は白い山肌に夕日を受けてピンク色に染まっている。

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天気予報では明日は寒気が入り込んで気温が下がるようだ。12月に入ると里の方でも初雪が来るだろう。私の車と妻の車のタイヤはスタッドレスに交換してしまったし、車の準備は完了だ。

2011年11月28日 (月)

物置がようやく出来た

サンルームと物置の工事がなかなか進まない。もう11月も終るというのに、土間のコンクリートを打ったまま、10日以上放置されている。最近は雨が続いていたので、業者の方も工事が遅れ遅れになっているようだ。もう12月に入ってからの工事かとあきらめていたら、土曜日の午後に、工事の業者が物置の組み立て工事にやってきて、3時間ほどかけてきちんと組み立てていった。

 

日曜日は、仮置き場に避難していた収容物をとりあえず、新しい倉庫に入れることにした。道具類も数が多いので整理用の箱が欲しいが、とりあえず物置の中に運び込んだ。整理用の箱は今度ホームセンターへ行って買ってこよう。

 

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サンルームの方は12月4日、5日に工事が出来そうとのことだ。

 

2011年11月27日 (日)

まわり報恩講

今日11月27日は、まわり報恩講ということで、お寺から僧侶が来て仏壇に正信偈をあげていった。私と妻と世話役さんが、僧侶の後ろに座りお参りをした。

まわり報恩講は、毎年この日にお手次寺から僧侶がきてお勤めをしていくもので、時間などは事前に地区の世話役が案内してくれるのでその時間に合わせることになる。世話役さんは、この地区の何十軒かの門徒の家を僧侶を案内してまわり、それぞれの家の仏壇の前でお勤めをしていく。

この地域は古くから浄土真宗が盛んで、大半の家は浄土真宗の寺の門徒になっており、私の家も先祖からこの地域の比較的大きな浄土真宗の寺の檀家となっている。

報恩講は、浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の祥月命日に営まれる法要で、11月28日前後に各地のお寺で行なわれている。地元では「ほんこさま」として親しまれている行事だ。

お寺さんが家々を回るまわり報恩講も、「まわりぼんこ」として親しまれている。

2011年11月25日 (金)

CPAP装置使用記/空気のリークとマスク内の結露

CPAP装置にも随分慣れて、違和感はほとんどないが、マスクを顔に装着する時の締め付けの強さについてはまだ試行錯誤中だ。

マスクを顔に強く押し付けるようにベルトを締めれば、マスクと顔との密着が良くなって空気のリークはなくなるが、鼻の部分が圧迫されるため鼻が詰まったような感じになる。ベルトを緩めすぎると顔とマスクの密着度が弱くなり空気がリークする。上を向いた状態ではリークしなくても横向きになるとマスクがずれてリークする場合もある。

この締め付けの加減がなかなか決まらない。毎日すこしずらしては試行錯誤をしているところだ。先日医院へ月一回の診察にいって医師に相談したら、少々のリークは問題なくて装置のほうで調整するといわれた。確かに装置の機能上は問題ないのだろが、フィット感の問題は、安眠に直結するので大切だと思う。インターネットで調べてみると、ちょうど良いベルト締め付けポイントが見つかったら、フェルトペンなどで目印をつけておくと、次からは目印の位置まで締めればよいと書いてあった。なるほど、なるほど。

この一週間くらい、寝ている部屋も気温が下がっているせいか、マスクの内部が結露して水滴が溜まっている。吐いた息の水分がマスクのシリコン部分やアクリル部分にあたり、水滴になっている。寝返りを打ったときなどにこぼれて顔などに落ちるとビックリして目が覚める。結露対策はないのだろうか。室温を暖かくすればよいのだろうか。これから冬期間は当分寒い日が続くので毎日結露に悩まされそうだ。

2011年11月23日 (水)

新嘗祭

11月23日は、地元の神社で新嘗祭が行なわれた。町内会の氏子総代になっているので、私のところへも3週間ほど前に、案内の葉書がきており、20日は境内の一斉清掃、23日は新嘗祭を行なうので出席するようにとの案内だった。

先日の20日の日曜日は朝9時に清掃する服装で神社へ出かけ境内の清掃を行なった。境内には大きな松の木が何本もあり、ちょうど枯れた葉を落とす時期のため、境内は松葉が降り積もっていて、参道を竹箒で掃いてなんとかきれいにしたが、しばらくするとまた降り積もっていてきりがない。

23日の新嘗祭は大祭であるため、簡易礼服で出席するようにとの事だ。時間は夕方6時からなので、勤務先の定時終了後、すぐ家に帰り簡易礼服に着替えて神社に向かった。氏子総代のほかには町会役員や各町内会長など30名ほどが参列した。

儀式が始まると、神主さんがまず祝詞を奏上し、各参列者が玉串を奉奠をして、そのあと神主さんから新嘗祭についてのお話があった。もともと新嘗祭は、天皇陛下がその年の収穫を神様に感謝する儀式で、宮中の行事の中でも重要な祭祀の一つだが、今年は天皇陛下が病気のため、掌典長が陛下に代わり行なうとのことだ。

新嘗祭は宮中の祭祀であるが、この日は、今は宗教と切り離して勤労感謝の日として、国民の休日になっている。

2011年11月20日 (日)

2011年のチューリップの球根の植え付け

チューリップの球根は例年11月上旬に植えているが、今年はまだ植えずに、ネット袋に入れたまま竿に吊るしてある。最近の夜の寒さのせいか、発芽のスイッチが入って球根が芽を出し始めたようだ。
今年、花が終って1ヶ月ほどたった6月に、球根を土から掘り出し水洗いをして、ネット袋にいれて乾燥のため竿に吊るしておいたものだ。
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昨日は雨天のなか、プランタの土の雑草を採ったり、堆肥や化成肥料入れて混ぜたり、土をならしたりしていつでも植えられる状態にしておいた。今日は朝から雨だったが、晴れ間を見計らって一気に植えてしまうことにした。10時半頃晴れてきたので、作業開始だ。竿からネット袋に入った球根を下ろして、植える配置を決めるため、球根をプランタの土の表面に並べてみることにした。

品種名毎に区分してある6袋分は1つのプランタに2品種ずつ並べてみた。残りはごちゃ混ぜなので、大きめの元気のよさそうな球根から、プランタ当たり20個ぐらいの割合で、残りのプランタや植木鉢に並べてみた。
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配置が決まったらいよいよ植え込みだ。球根を配置した位置の真下10センチのところに
球根の頭が来るように植えるようにし、球根と球根の間は球根1個ぐらいの間隔だ。シャベルを垂直に立てて5センチほど手前に引くと深い穴が出来るので、そこに、深さ10センチになるように球根置き、土をかぶせる。こうやると配置した球根の位置をずらさないまま1個ずつ植えていくことが出来る。球根を植えるときは、球根の上下には気を使う必要がある。根を下にし、あたまを上にして植えなければならない。

下の写真は全部植え終わったところ。プランタ7つと植木鉢3つになった。これで来年もきれいなチューリップが咲いてくれることを期待しよう。

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2011年11月19日 (土)

晩秋の庭

我が家の庭も晩秋になった。ドウダンツツジは紅葉し始めたし、ナンテンは葉も紅葉して実も赤くなっている。サザンカは花を咲かせ出したし、白椿も花を咲かせている。ウメモドキの実の赤い色は鮮やかだ。
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10月に買ってきた、シクラメンやシャコバサボテンやパンジーがきれいに花を咲かせている。

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白山冠雪/冬支度

白山が冠雪し、いよいよ北陸も冬の季節に入る。白山の初冠雪は10月下旬だったが、11月に入ってからは平野部からも白く冠雪しているのが確認できる。これからは山も一気に冬の装いになるだろう。我が家もそろそろ冬の準備をしなくてはならない。
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県道や市道では、冬の準備のため融雪装置の点検が始まった。融雪水のバルブを開けて、融雪装置から水を出してみて、水の出方を調整しているようだ。勤務先では今年は駐車場を増設したため、除雪をしなければならない面積も増えているし、早めに業者に依頼をしなければならない。

我が家では、例年11月上旬にチューリップの球根を植えているのだが、今年はサンルームの工事でバタバタしていたのと、休日が雨ばかりのためまだ植えていない。今日は、プランタと土を準備したので、明日でも晴れたら植えようか。

年賀欠礼の葉書も何枚か届いているし、そろそろ年賀状も考えなくてはならない。図案の載った雑誌をとりあえず一冊購入してあるが、まだ何も手をつけていない。そろそろ図案を考えなければならない。

マイクロコンピューターi8008の思い出

私は、大学を出たあと東京の会社に就職したが、2年ほどでUターンタしてきて、地元の会社に就職した。就職した会社はTTLの論理ICを使って、周辺機器などを設計開発するベンチャー企業で、当時としてはかなり最先端の技術のある会社だった。

たまたま入社したこの会社で、どういうわけか、入社して約半年たった頃には、インテルのマイクロプロセッサーのi8008を使った電子機器の開発に携わっていた。1973年10月頃のことだ。1972年4月にインテルがi8008を発表したわずか1年数ヵ月後だ。今、振り返ってみると、当時としてやっていたことがずいぶん最先端だったことに驚くし、同時に、ど素人の私にそういう仕事をさせていた会社にも驚く。

当時はコンビューターの知識のある人もほとんどおらず、マイクロソフト社や、アップル社がまだ設立されていない時代で、マイクロコンピューターが産声を上げたばかりの黎明期だった。当時は、技術資料もまだ日本語のものがなく、英文の資料を使っていたが、1975年にCQ出版社のインターフェース誌が「マイクロプロセッサーのすべて」の特集をしていて、第1集、第2集を出版したのを購入して勉強していたものだ。

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マイクロコンピューターの出現は画期的で、それまでの電子機器は全てハードウエア回路で実現していたが、マイクロコンピューターを組み込むことで、難解なロジックはソフトウエアに任せることが可能になり、ハードウエアの回路はシンプルにすることができた。ソフトウエアはROMというICに書き込み、、このROMのソフトウエアにしたがって、マイクロコンピュータが動作し機器を制御することが出来るものだ。動作を変更させたい場合も、ソフトウエアさえ書き換えれば変更できるようになった。

インテルのi8008はその後8080、80186、80286、・・・、80586と進化し続けていくことになる。最近は、パソコンのCPUの話題が出たりすると、若いときに、その原点のi8008や8080 CPUチップを使って電子機器を作っていたことを懐かしく思い出す。

2011年11月16日 (水)

PSAの検査

昨年、前立腺の:検査のために入院をしてから、もう一年がたった。昨年は血液検査でPSAの値が正常値よりも高かったため、前立腺ガンの疑いもあるとして、前立腺の組織をとって検査することになり入院することになった。血液中のPSA値は前立腺の腫瘍マーカーとして測定されるもので、この値が高くなると前立腺がんの疑いが強くなるということだ。

幸い、生検の結果はガンの組織はないということで安堵したが、あれから一年たったので、先日、病院へ行ってまたPSAの検査をしてもらった。PSAの値は昨年より下がっていたものの、まだ正常値の上限よりは高いため、医師からは、少し様子を見てみようと言われた。

前立腺肥大でもPSAの値は高くなるということで、前立腺肥大の可能性は残るようだ。

勤務先に隣接する用水改修工事

勤務先の敷地と県道の間に川幅1m余りの用水があり、田植えから8月頃までは、たんぼの灌漑用にたくさんの水が流れる。

この用水は護岸工事がされておらず、敷地側の土手はコンクリートになっていないため、古い土の土手が水流で崩れていて、敷地の境界のブロック塀の一部では基礎の土まで流され始めている。ブロック塀が倒れないように、応急の修理はしてきたが大変危ない状態にある。

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改修の要望は、6~7年ほど前から用水を管理している農業団体や市や県へ出していたが、一向に進展しない。その間にも境界の土手は崩れていくし、昨年、知り合いの町会の役員に相談したところ、町会から市へ請願を出す必要があると言われた。またそのためには、町内会から町会への要望書が必要との事だった。どうもこれまでは、話の持って行き先が間違っていたようだ。一つの用水にいろんな組織が関与していて、要望書も順序通りに出さないと話が通らないようだ。まず住民として町内会へ要望を出し、町内会は町会に対して要望書を提出し、町会は市に対して請願をするのが順序のようだ。農業団体との調整も必要と言うことだ。

とりあえず、昨年、町内会に対して要望して、町会への要望書を提出してもらったが、最終的には費用がからむ話であり、それぞれの組織での予算取りと決議が必要のようだ。市も予算取りや議会での承認も必要で、新年度以降の工事になると言われた。

今年、8月頃になってようやく話が動き出し、設計や施工業者も決まり11月から改修工事が始まった。総工費や負担割合なども決まり、なんとか年内に改修工事が完了する予定となった。一安心である。

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2011年11月13日 (日)

遠近両用めがねの新調

若いときは近視はなかったが、10数年前から遠くが見づらくなってきており、長距離運転や夜間の運転がこわくなったので、10年ほど前に近視用のメガネを作り、運転時などに使用してきた。だが、近視用のメガネを掛けて地図やナビを見ようとすると、ボヤケてしまいとても都合が悪い。

逆に、なぜか老眼はあまり進んでおらず、かなり細かい文字もメガネなしで読める。一時期、疲れた時などに見づらいと感じたことがあって、今後必要になるだろうと思って、老眼鏡をつくったが、実際にはほとんど使用していない。

最近は近視の度が進んでいるのか、日常生活でも遠くが見えづらくなってきており、運転時用に作った近視用のメガネを日常使いたいのだが、そうすると手元が見づらい。そこで、遠近両用のメガネを作ってもらうことにして、メガネ店に出かけた。

メガネ店では、遠視、近視の度数や乱視の検査をして、私の目に合うメガネを作ってくれるようだ。ただ、遠近両用になると、二種類の度数のレンズを一枚のレンズに入れてしまうことになるので、焦点の合う場所が限られるし、周辺部のゆがみも大きくなるので慣れることが必要だと言われた。運転時のメガネ使用も一週間ほどメガネに慣れてからにしたほうが良いようだ。

それにしても、メガネは安くなったものだ。5~6年ほど前までは、メガネを作ると6万円ほどもしていたと思うが、最近は2万円で遠近両用が買えてしまう。メガネ業界の価格破壊が進んだのだろうが、これだけ値段が下がると消費者はありがたいが、業界は大変だろう。

2011年11月12日 (土)

イモカタバミ/花の名前がやっと分かった

我が家の庭には、ほとんど一年中花を咲かせている草がある。小さいピンク色の花を沢山長期間に渡って咲かせるので、秋から冬にかけての他の花の少ない時期には、この花のおかげで我が家の庭は賑やかに彩られている。またかわいい花の割にはなかなか繁殖力の強い草で、なにも世話をしていないが枯れることもなく毎年花を咲かせている。

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多分、父が生前植えたものだと思うが、なんという名前の草か分からないまま15年以上経ってしまった。先日、インターネットで花の名前を調べられないかと検索してみたところ、いくつかの調べるサイトがヒットした。そのサイトのいくつかで調べてみたがなかなかはっきりしなかったが、咲く時期、花の色、草丈などを入力すると、候補の花の写真が表示されるサイトがあり、入力して検索してみると候補として表示された写真の中に、我が家の名無しの花に似た写真があった。名前を見るとイモカタバミと書かれている。

特徴を見ると、花の形や葉の形も写真と同じようだし、根の部分がイモのような塊になっているところなど、一致している。長年名前の分からなかった草はどうもイモカタバミに間違いないようだ。

改めて、イモカタバミをインターネットで調べてみると、原産は南アメリカで、江戸時代末期に観賞用として日本に入ってきたもののようだ。コスモスやセイタカアワダチソウと同じ外来植物のようだ。道理で繁殖力が強いわけだ。今、庭には3箇所に大きな株があり大きな塊になって花を咲かせているが、最初に植えたのは1箇所だけで後は勝手に繁殖したようだ。

名前が分かるまでは、桜××のように、桜という字が付いているのではと思っていたが、見事にハズレで、花のイメージとは合わない「イモ」がついた名前だったので、意外に思ったが、根っこがイモ状になるところから、イモカタバミと呼ばれるようだ。

このイモカタバミは、夏が終った9月から10月頃は、葉も花も枯れてなくなりイモの塊のような根だけが見えるが11月頃になるとまた新芽が出て葉が付き花を咲かせる。冬の間も葉は枯れずに花も咲かせる。  

2011年11月10日 (木)

労働組合との2011年の秋季交渉始まる

勤務先では、労働組合との秋季要求に関する交渉が始まった。10月に要求書提出があり、その後事務折衝等を経て、一回目の団体交渉が行われた。秋季の交渉は、労働条件改善に関する要求と、年末一時金についての要求が主な内容だが、労働条件改善については、特に慢性的な長時間残業等への対策が要求されている。

長時間残業についてはかなり慢性化しており、通常残業の他に土曜日の休日出勤も定常化している。労基監督署からの指導もあり、改善が必要とされているところだ。一時金については、業績リンク方式により決算内容により支給月数が算出される。

私は、これまでの労働組合との交渉には会社側の事務局として出席してきたが、今回の交渉からは外れることになった。そろそろ次の世代の人に譲っていく頃だろう。

団体交渉ともなれば、交渉は深夜に及ぶこともしばしばであり、深夜の交渉まで付き合うのは体力的にもシンドクなっていた頃なのでちょうど良いタイミングだった。会社の経営陣も世代が交替したし、労働組合の執行部も若返っていて、事務局だけ昔のままと言う訳にはいかないだろう。

交渉は例年17~20日頃に最終交渉で決着することになる。

2011年11月 9日 (水)

富有柿をもらった

11月3日の文化の日には従兄弟から富有柿を貰った、勤務先は出勤日で私は出勤していたが、家で妻が買い物で家を留守にした間に、玄関に柿の入ったビニール袋が置いてあり、袋には、「柿を置いていくから食べて」とメモ書きが入っていた。メモには従兄弟の名前が書かれている。毎年柿をくれる従兄弟からだ。

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柿の木は従兄弟の実家にある富有柿の古木で、私も、子供のころから従兄弟と一緒に遊びながらこの柿を良く食べたものだ。今は住む人がいなくなった実家を、従兄弟は時々帰って見回っているようだが、秋の今の時期には、柿がたわわに実をつけるので、柿を取りに来て、そのうちのいくつかを毎年私のところにも分けてくれているようだ。ありがたいことだ。

私は、もともと果物が好きなほうだが、とりわけ小さい頃から良く食べていた柿は大好物で、沢山食べたいと思うのだが、スーパーで売っている柿は、大きなサイズでキズ一つなくきれいなものだが、その分値段も結構高い。貰った柿はサイズは小振りだし、キズもついていたりするが、気兼ねなく食べることが出来る。

地元の旬のものは季節を感じられる上においしいのでもっと食べたいが、柿もみかんと同様で、糖分がかなり高いため、沢山食べると体重がすぐ増えてしまうのが悔しいところだ。

先日は勤務先の人からも富有柿をもらった。地元では庭に柿の木のある家は多く、今の時期にはたわわに実がなっているが、昔ほどには柿を食べなくなったのか、取る人がいなくなったのか、実を沢山つけたままの木が多いようだ。

2011年11月 8日 (火)

ブログ開設して一年目

早いもので、ブログを始めてもう1年が経つ。昨年は11月3日に初めての記事の投稿をしている。いつまで続くものかと思いながら書き綴ってきたがようやく一年というところだ。ネタ切れだったり、あまり書く気持ちにならなかったりで、数日間投稿しない日が続くこともあったが、この1年間で217件の記事を投稿したことになり、投稿は10日に6件くらいのペースになる。

1年間のアクセス数は13,700件なので、1日平均すると37件くらいになる。このほかに写真ライブラリーへのアクセスが3,200件あり合計では16,900件くらいになる。

アクセス数は少ないが、個人のブログならこんなものかもしれない。何気なく書いた記事にアクセスが集中することがあってビックリしたりする。逆に力を入れて書いた記事にほとんどアクセスがないこともある。

固定的に訪問してくれる人は多くはなく、大半は検索でヒットして見に来るパターンだろうと思うが、検索で上位にリストアップされると訪問者が増えるようだ。

最近は、検索でヒットして訪問した人が、他の記事も読んでくれるケースも増えてるようで、その分アクセス数が増えてきているかもしれない。

タイトルにもあるように、気ままに独り言のブログなので、アクセス数はそんなに気にせず、季節ごとの風に吹かれながら、自然体でもう少し続けてみようか。

サンルームの場所確保/物置撤去と植木の移動

サンルームを庭の一角に独立して作ることにしたが、スペースを確保するために物置小屋も寸法の小さいものに入れ替えたり、予定地に植えてある木を移動させたり、占拠している植木鉢やプランタを別の場所に動かさなければならない。

そこで、先週土曜日には、物置小屋を空にするため、中に入れてある物を一旦全部外に出したが、20年近く入れっぱなしなので不要なものが山ほど出てくる。大半は庭仕事用のものだが、この機会に整理をして不要品をゴミ袋に詰めてゴミ出し日に出すことにして、必要なものは別の場所に仮置き場を作り、とりあえずそこに置くことにした。

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日曜日は、サンルームの予定地を占拠している鉢植えやプランタを別の場所に移したり、植えてある木を別の場所に移植する作業を行なった。ヒサカキの木はそれほど大きくないが、根っこごと掘り起こすと、重たくて持ち上げることが出来ず、ズルズルと引きずって、ようやく新しく植える場所まで移動させることができた。シュウメイギクもまだ花を咲かせている最中だが、根っこから掘り起こして別の場所に植え替えた。

土日とも雨が降ったり止んだりの天気だったので、小雨の中を作業したが、汗と雨とでぐちゃぐちゃになりながらも、なんとかサンルーム用のスペースは確保できたようだ。今週からは業者さんが工事に入り出す。今日の午前中は古い物置の解体撤去をしていった。午後は、電気工事の業者が来て、サンルームの電灯用の電気を母屋から引き出す工事をしていった。

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今週末は、土間のコンクリートを打つことになりそうだ。

2011年11月 6日 (日)

洗濯物干し用のサンルーム

妻は以前から洗濯物を干すサンルームが欲しいといっている。今は2階のベランダを干し場にしているが、床面より60センチ高い位置にあり3段の踏み台を乗り降りしなければならず、洗濯物を干す作業が結構大変のようだ。

現在の家を建てたときには、洗濯物の干し場のことまではあまり良く考えずつくったため、一階の居間の横に作った干し場スペースは、日当たりが悪くて使い勝手が悪いし、庭の一角の干し場も、今は私の植木鉢が占拠しているし、唯一、2階のベランダを今も干し場として使用しているが、段差があって昇り降りが大変だ。

そこで、アルミサッシ製のサンルームを新しく設置する場所がないか考えたが、日当たりの良い建物の南側にくっつけると部屋の風通しが悪くなるし、外の通路も通れなくなる。結局、庭の一部をつぶして母屋とは別に、独立したサンルームを建てた方がよさそうだ。寸法は2.7m×1.5mくらいは必要だが、使えるスペースがあまりないし、今ある物置を小さいものに買い替えて、スペースを確保するしかないようだ。

先日、近くのエクステリア関係の店の展示場へ行って、店の人に話を聞き、いくつか展示品を見てきた。工事費も含めて見積もりを出してもらったが、結構しっかりした金額になった。でも、これから年を取ると毎日2階まで洗濯物を干しに行くのは大変だし、サンルームで日向ぼっこも出来るかもしれないし、やっぱり建てることにしよう。

サンルームは YKKの R型 W2700×D1500
物置は    イナバ  W1530×D1370

鉢植えやプランタを置いていた占拠していたスペースも明け渡さなければならないし、プランタの野菜栽培も来年は規模を縮小するしかないようだ。

2011年11月 3日 (木)

世界の人口が70億人突破!!

10月31日に世界の人口が70億人を超えたそうだ。テレビのニュースで言っていた。私が生まれた頃は20億人くらいだったので、この60年あまりで50億人も増えたことになる。

1987年に50億人、1999年に60億人、そして2011年で70億人となり、加速的に増えていて今世紀中には100億に達するそうだ。

これだけの人口の人が生きていくためには、食料、水、住居やエネルギーなどが必要になるし、どうやって確保していくかが世界的な問題になるのだろう。資源の取り合いで戦争や紛争も起きるかもしれない。

日本では10月31日に3000人くらいが「70億人目の赤ちゃんの一人」として誕生したみたいだ。10月31日生まれの赤ちゃんには「70億人目の一人」の認定書を国連人口基金で発行してくれるらしい。

日本は少子高齢化で人口が減少傾向が始まっているので、子供が増えるのは、日本にとっては良いことだろう。勤務先でも最近は、ベビーブームなのかおめでたが続いている。

2011年11月 1日 (火)

セイタカアワダチソウのはなし

今の時期になると、周囲の空き地や川の土手などいたるところでセイタカアワダチソウが群生して黄色い花を咲かせているのをみかける。もともとは北アメリカ原産の外来植物で、観賞用として明治の頃に日本に持ち込まれたようだが、繁殖力が強くて、戦後日本中に広がって、今では休耕田や空き地などいたるところで一面に黄色い花を咲かせている。セイタカアワダチソウには、根から他の植物の発芽を抑制する成分を出すことで、他の植物が生育できないようにして自分が繁殖しやすくしているということだ。

同じ外来植物でも、コスモスは可憐な風情が秋の花として受け入れられているが、セイタカアワダチソウは他の植物を駆逐してしまう強烈さから、どちらかというと嫌われる植物だ。また、一時花粉症の原因だとされたことも、嫌われる一因となっているようだ。最近の研究では花粉症の原因ではないということらしいが。

確かに、先日ウォーキングをしてきた木場潟の周囲でもたくさん群生しているのを見かけた。コスモスが咲いているのと較べても、セイタカアワダチソウが咲いているのをきれいだとはあまり思わない。一つ一つの花を見ればきれいなのだろうが、草の丈も高く群生している様子を見ると、外来種に居丈高に占領されたような気がして余計好きになれないのかもしれない。

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でも、インターネットで調べてみると、最近は、セイタカアワダチソウの勢いが少し弱まっているそうだ。もともと地面の深いところ(地下50cm)へ根を張って、栄養を吸収して生育するのだが、何年かすると深いところの肥料分を全部吸収し尽くしてしまうと、草丈低くなるようだ。また、根から出している他の植物の生育を抑制する物質が溜まりすぎて、セイタカアワダチソウ自体も生育しにくくなることもあるとのことだ。どこまで繁殖するのかと思ったけれど、自然の摂理なのか、自然と抑制されるようになっているのだろうか。

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