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2012年3月

2012年3月31日 (土)

アオサギの飛翔

昨年我が家の前の田んぼに現れたアオサギが今年も姿を現した。1週間ほど前から自宅前の田んぼではトラクターが入って耕し始めていたが、その直後からアオサギが姿を見せるようになった。田の土が掘り起こされたことで、餌の小動物が取りやすくなり餌場にしているのだろう。
アオサギに気づかれないように、隠れながら何枚かの写真を撮った。最初田の向こう側にいたがスッと飛び上がって滑空しながらカメラを構えているほうに飛んでくる。こちら側に飛んでくる姿もなんとかカメラに収めることが出来た。
アオサギは、私の隠れているすぐ目の前の田んぼの中で餌を探していたが、気配に気づいたのか、突然駆け出したかと思ったら、大きく羽を羽ばたかせて飛び立ち、旋回をしながら隠れている私の頭上を飛び去った。急に飛び立ったものだから慌ててしまい、頭上通過の写真は撮り損ねてしまった。
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朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり

先週は2人の通夜・葬儀に参列した。一人は町内の知人で年齢は私より2歳上、もう一人は、私の従兄弟で年齢は70歳台後半だが、二人とも体調を崩して入院してから1ヶ月ほどで亡くなっている。これまでも、通夜や葬儀に参列する機会はあったが、どちらかと言えば親の世代が亡くなる場合が多かったが、最近は、自分と同世代の人の訃報も聞くようになった。お彼岸の墓参りでも思ったことだが、もう10年もすれば母の亡くなった年齢を超えてしまう訳だし、いつ死んでもおかしくない年齢ゾーンに入っていることは間違いない訳だ。

先週の葬儀の後、お手次ぎ寺へ骨収めに行った際に、僧侶がお経の後に御文を読んでいた。御文とは、蓮如上人が親鸞上人の教えを広めるために親鸞上人の教えを噛み砕いて数多くの手紙にして著わしたものをまとめたもので、私の地元では「おふみさま」として親しまれている。
骨収めの際に読まれていたのは、御文のうちの「白骨の章」といわれるもので、名文と言われていて、よく通夜の席や法事の席でもお経の後に僧侶が読むことが多く、全体は暗誦していないがひとつひとつのフレーズは耳に馴染んでいる。

「それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに 凡そはかなきものは この世の始中終幻の如くなる一期なり」
「今に至りて 誰か百年の形体を保つべきや 我や先 人や先 今日とも知らず 明日とも知らず・・・・・」
「されば 朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり・・・・・」
「野外に送りて夜半の煙と為し果てぬれば、ただ白骨のみぞ残れり あわれというも中々おろかなり」

同世代の人の訃報に接すると、耳に馴染んだ御文のフレーズのひとつひとつが、自分事として聞こえてくる。

2012年3月30日 (金)

チューリップへの水やり

今日の気温は5月上旬の気温並みということで、一気に春らしくなってきたようだ。つくしも顔を出したし、雑草も小さな花をつけている。寒波の居座った2月に続いて、3月もなかなか気温の上がらない日が続いていたが、3月下旬に入ってようやく暖かい日が続くようになった。

でも、こんな時が一番鉢植えのものを枯らしてしまう時期だ。北陸は冬の間は雨や雪が降るので、地面が乾いてしまうことはなく鉢物に水をやらなくても問題ないが、3月に入ると晴天の日が増えるためどうしても鉢物が乾いてしまう。特に晴天が続いた場合、鉢植えの土がすっかり乾いてしまうことが多いが、まだ頭の中は冬モードのままで切り替え出来ず、なかなか土の乾きに気づかない。これまでも今頃の時期にいくつもの鉢植えを枯らしてしまっている。

今日、家に帰ってみるとプランタに植えたチューリップがぐったりしている。土を見るとカラカラに乾いてしまっている。せっかく茎も伸びてきて葉も大きくなり、蕾も持ち始めていよいよ花を咲かせようというのに、ここで枯らしてしまっては大変だと慌ててジョーロで水をやったが、チューリップ以外の植木鉢もみんな土が乾いてしまっていて元気をなくしている。チューリップは今が生長時期で最も水分が必要な時なのに、不注意で水切れにしてしまったようだ。
とりあえず、間一髪でたっぷりと水をやったので、何とか持ちこたえてくれそうだ。明日からは、鉢植えの土の乾きに気をつけるようにしよう。

2012年3月28日 (水)

桜ソング

昨日のテレビのニュースで、新しく検定に合格した高校教科書のことが取り上げられていたが、国語総合では小野小町の「花の色はうつりにけりな・・・・」などの和歌と並んで俵万智の短歌やコブクロと森山直太朗の「さくら」の歌詞も掲載されたと伝えていた。新学習指導要領で、日本の伝統や文化に関する教育の充実が求められていることから、「日本の文化における桜のありようを探ってみよう」と言う趣旨だそうだ。

日本人は昔から桜の花が好きなようだ。和歌などでも花と言えば桜を指すように他の花よりもずっと思い入れが深い。私も、毎年桜の時期になると近隣の桜の名所を訪ねて歩いている。テレビで桜前線のニュースが出ると、地元では何時ごろになるかと指を折ってみたりする。

でも、古くから和歌や俳句などには良く出てくる題材だが、歌謡曲などにはあまり桜の曲がないような気がする。20世紀までで見ると、「さくらさくら」と滝廉太郎の「花」松田聖子の「チェリーブラッサム」ぐらいしか思い浮かばない。
ところが、2000年以降になると、福山雅治の「桜坂」を皮切りに、コブクロや森山直太朗の「さくら」などがヒットしたあたりから、いろんな歌手が「桜の歌」を発表している。桜ソングというジャンルもあるくらいで、有名な歌手やグループはたいがい桜ソングを1曲は歌っているようだ。

このギャップはどうしてだろうと考えてみたが、私の年代よりも上の世代は、桜を美しいと感じるけれども、その美しさの裏に妖しさや魔性のようなものを感じてしまうのかもしれない。梶井 基次郎の「桜の樹の下には」と言う作品は「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という文で始まっているが、まさに日本人の桜に対する思いの込められた表現だと思う。加えて、戦争中は死ぬことを美化するために、桜の散ることと死ぬことが結び付けられたため、戦中戦後世代は、手放しでは桜の美しさを愛でることが出来ず、歌謡曲などの題材としてはあまり取り上げられなかったのではないだろうか。

ところが21世紀になれば音楽を作る側も聞く側も若返ったことで、戦争の呪縛から解き放たれて、また旧来の妖しさを感じることも少なくなり、素直に春の喜びや、人生の節目の出会いと別れの気持ちを込める歌として若い世代に受け入れられたのだろう。

私も、コブクロの「さくら」と森山直太朗の「さくら」は大好きな歌のひとつだ。

2012年3月26日 (月)

使い捨てライター/CR機能

先日、いつもの通り仏壇にろうそくを点すため、ライターを手にとってカチッと点火しようとしたが、着火ボタンがものすごく重くてカチッと言わない。何か引っかかっているのかと思い目を近づけて見てみるが、特に物が挟まっているわけでもなさそうだ。そこで気が付いてのは、手に持っているのはいつものライターではないということだ。前のライターはガスが済んだので、妻が新しい使い捨てライターを買ってきて取り替えたようだ。

変なライターを買ってきものだと思い文句を言おうと思ったが、ライターに書いてある文字を見て納得してしまった。ライターには「子供の事故を防ぐため着火ボタンを重くしております」と書かれている。そういうことだったのかと納得したので、普段よりも力を込めて着火ボタンを押してみるとちゃんとガスに火が点き、仏壇のろうそくに火を移して無事お参りを済ませた。
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子供のライターでの火遊びを防止するために、2011年の夏ごろから、子供が簡単に着火できるライターは規制されることになったようで、点火レバーを固くするか、同時に二つ以上の操作をしないと点火できないなど、 子どもが火を付けにくいタイプしか販売できなくなったようだ。 この機能はCR(チャイルドレジスタンス)と言い、この機能のないライターは販売禁止になったそうだ。

先月も東京で幼児のライターの火遊びが原因で火災になり、幼い姉妹が亡くなる事件もあったところだし、危険の芽はつぶしていく必要があるだろう。

2012年3月23日 (金)

家事の練習-2

妻の入院まで残り2週間を切った。3週間不在になるのでその間は私が家事をやらざるを得ないし、先日からいろいろと家事の手ほどきを受けている。炊飯器や洗濯機や乾燥機は、妻の説明を聞きながら、自分で作業手順書を作成した。写真に撮って、印刷して切り抜いて、コメントをいれるところは、ブログを書くのと通じるところがある。
洗濯するときの洗剤や柔軟剤の使い方も、使用量、洗濯機に入れるタイミング等等、これはこれでなかなか難しいし、乾燥機では、毎回、フィルターの清掃が必要で、きちんとメンテナンスしないと効率が落ちるそうだ。

洗濯機の使い方と洗剤の使い方の手順
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乾燥機の使い方の手順
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炊飯器の使い方の手順
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このほかに掃除機や電子レンジもあるが、これは習うほどのことはないし、大体理解しているつもりだ。
ゴミ出しについても、生ゴミについては指定の曜日に出す必要があるが、資源ごみは、妻が復帰するまでは、物置に貯めておこう。

食事の用意については、休日に、妻についてスーパーへ行ってお惣菜売り場や食品売り場を見て回って、いろいろとレクチャーを受けている。でも、ひとつひとつの食材や売り場は分かっても、献立としてどれとどれを組み合わせればよいのかが、なかなかなイメージできない。そこで最近は、冷凍食品も沢山買い込んで冷凍庫に備蓄している。COOPのカタログ販売で冷凍の弁当なども買い込んでいるが、そろそろ冷凍庫も満杯近くになってきたようだ。

完璧にしようと思うと心配になるが、そこそこできればよしと考えれば、気は楽になる。でも戸締り用心と火の用心は、しっかりやらなければならないだろう。


2012年3月20日 (火)

無料の不要電気製品回収業者

最近、道路沿いで古くなった電気製品や自転車などを無料で回収しているのをよく見かける。近くの空き地でも、「無料回収します」などと書かれた看板を掲げて、回収業者が、住民が古い電気製品などを持ち込むのを受け付けている。
回収している品物は、電気製品から自転車バイク、耕運機などもあり、結構幅広く回収しているようだが、それでも、冷蔵庫、ソニーのブラウン管テレビ、大型テレビなどはダメという具合に、いくつか受け付けない物があるようだ。

回収業者は、これらの回収した物をどこへ持っていくのだろうか。回収した物は、空き地に雨ざらしで置かれているので、再利用(リユース)するとは考えにくい。最終的にはリサイクルするのだろうが、中国や東南アジアなどへ持っていって、鉄くずとしてリサイクルしたり、電子基板からレアメタルなどを取り出すのだろうか。自転車などは修理して使うのかもしれない。

国内では、電気製品などはリサイクル料金を支払って家電店などに処理を依頼することになっているが、ここに持ち込むと無料で処分出来てしまう。行政が作った電気製品のリサイクルの枠組みから外れて商売が成り立っているのだろうが、必要な資源だけを回収してしまったら、残りの不要物は流れ流れてどこかに不法投棄されるのではないかと心配になる。国外に輸出すると結果的にはゴミの輸出になってしまうのではないだろうか。

春のお彼岸と墓参り

今日は春分の日でお彼岸の中日だ。長く続いた寒さもようやく緩んで春めいてきたようで、夜はまだ寒いものの、日中は陽射しもあり暖かく感じる日が続いている。
庭の梅の木も先週あたりから花が咲き出している。昨年のブログを見ると、2月24日に咲き出しているので、今年は昨年と比べると、20日近くも開花が遅れていることになる。やっぱり1月末から2月にかけて、寒波が停滞したせいで全体に2月の気温が低かったせいだろう。でもお彼岸を前にようやく花を咲かせてくれたようだ。
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クロッカスも今の時期花を咲かせ出した。いつもは紅梅が最初に咲き、つぎにクロッカスが咲くのだが、今年は同じタイミングで咲き出したようだ。
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今日は、勤務先はあいにく出勤日となっているため、お彼岸の墓参りは、18日の日曜日に父母の墓にいってお参りをしてきた。墓は歩いても10分くらいのところにあるが、他の用事もあったので、妻と2人で車で出かけた。線香とろうそくに火をつけ、花を供えてお参りを済ませた。墓の横に植えた水仙も蕾も大きくなっていてそろそろ咲き出しそうだ。お天気も良かったので、墓地には他にも何組かの人がお参りに訪れていた。
母は24年前に、父は14年前に他界してこの墓に入っている。自分自身も毎年父母の亡くなった年齢に少しずつ近づいており、あと10年もすれば母よりも長生きすることになり、死ぬということがだんだん現実みを帯びてきている。そうでなくても昨年の大震災で多数の人が命を落としているのを見ると、命や家族の絆について考えさせられてしまう。
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インターネットで見ると、彼岸とは煩悩を脱した悟りの境地のことを言い、対して煩悩や迷いに満ちたこの世であるこちら側の岸は「此岸」(しがん)と言うそうだ。こちらの岸に対して向こう岸が彼岸ということらしいが、間にあるのは海なのか川なのか。海の向こうの西方浄土なのか、三途の川の向こうのあの世なのか良く分からない。いずれにしろ、お彼岸は、お盆と並んで先祖を供養する日なのだ。

2012年3月15日 (木)

トラックターでの畦塗り

近所の田んぼではいよいよ春耕の準備が始まった。まだ田んぼを耕すわけではないが、トラックターが田んぼに入って、傾きながら、低速で進んでいる。運転している人は、畦のほうを見ながら慎重にゆっくりとトラックターを前進させている。トラックターの後ろにはカラスが行列をついている。
何をしているのかと思い近づいてみると、トラックターで畦塗りをしているところだった。畦塗りは、田んぼに水を入れたときに漏れないように畦を泥で壁塗りのように塗り付けていく作業で、昔は人間がやっていたのを良く見かけたが、最近あまり見ないと思っていたら今は機械でやってしまうようだ。
作業の終ったところを見てみると畦のノリ面と上面が泥できれいに塗られている。トラックターに畦塗り用のアタッチメントを取り付けることで簡単に出来るようだ。一番機械化しにくい作業だと思っていたので、いとも簡単に作業を行なっているのを見て感心してしまった。
トラックターの後ろにカラスが沢山群がっているのは、トラックターが土を掘り起こすことで、土の中の虫が表面にでてくるところを食べようと狙っているようだ。
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いずれにしても、農作業も動き出したようだし、背景の山々は雪山だが、いよいよ春近しと言ったところだ。

ガソリン価格が上がり続けている

ガソリンがじわじわ値上がりしている。この1ヶ月ほどでガソリンの価格は上がり続けていて、10円ほども高くなっている。レギュラーだと1ヶ月前は142円くらいだったのが、最近では150円を超えているようだ。
原因は、イランの核開発の問題で中東情勢が緊張していることが背景にあって、原油価格が上昇しているためらしいが、リーマンショックのときのように、また原油取引に投機マネーが入り込んでいて高止まりさせているということなのだろう。
イラン情勢の緊張が緩和されない間は、しばらくはガソリン価格の高止まり傾向が続くきそうだ。
また、最近の円安傾向も値上りの要因の1つとなっているようだ。

いつも入れているガソリンスタンドでは、事前に「来週から上がります」とメールでアナウンスがあるのだが、それを見て、まだ入れる必要もないのに慌てて入れたりするのは、まんまと策略に乗せられてしまっているということなのか。

2012年3月12日 (月)

春一番

3月11日の日曜日は、午前中は、天気も良く暖かい日だと感じていたが、風は少し強かった。金沢気象台では、この日春一番が吹いたと発表した。風は最大風速で24mもあったそうだ。風は南よりの風ということで春一番となったようだ。これでいよいよ春になるのかと思っていたら、午後から急に冷え込み出して、雪が降り出してしまった。積るほどの雪ではないが、気温はかなり下がり、きょうも一日寒い日が続いた。

今の時期、なかなかストレートには暖かくならないようだ。春の勢力と冬の勢力が押し合いをしながら、暖かくなったり寒くなったりして、少しずつ春になっていくのだろう。

一輪挿しの椿

少し暖かくなり始めたので、椿も花をポツリポツリと咲かせ始めた。妻は、蕾の枝を切って、一輪挿しに生け、廊下や洗面台やトイレなどに置いている。椿の木に沢山の花の一つとして咲いていた花が、切り取られて一輪挿しに生けられるとハットするほど美しいと思うことがある。いつもと同じ室内の一角が、一輪挿しの花が置かれた途端に突然華やかになる。

早速写真に撮ってみたが、夜、電灯に照らされ紅い椿の花が、バックの暗がりに浮き上がり、まるで絵のような感じになった。
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椿の花は、暖かい室内に入れると数日で花が落ちてしまう。我が家では、廊下やトイレや洗面台など比較的寒いところに一輪挿しを置いている。花も開いた花より、蕾の状態のものを切り取って生ける方が長持ちしてくれる。

2012年3月11日 (日)

東日本大震災から1年

今日3月11日は東日本大震災からちょうど1年となる。追悼行事が各地で行なわれ、政府主催の東日本大震災1周年追悼式では天皇陛下がおことばを述べられた。

1年前のあの日は勤務先で長い揺れを感じて、直感的になり大きな地震が起きたとのだと思ってすぐにテレビを点けたが、地震速報では東北地方で大きな地震が起きたということしか分からなかった。

その後時間がたつにつれて被害の状況が次第に明らかになっていくが、津波が町を襲っていく様子はあまりの凄さに呆然としてしまった。自然の猛威に人間がつくった物がことごとく破壊され、人々が呑み込まれていくことに、これは現実なのかと目を疑うばかりだった。3/10現在で15,854人の方が亡くなり、3,155人の方が未だに行方不明ということで、多くの人が家族を亡くしている。

あれから1年経ったが、被災地では復興というにはまだ程遠い状況のようだ。仮設住宅などとりあえずの生活に必要なものは確保されたようだし、瓦礫の片付けも、震災直後と比較すれば、少しずつ前進はしているのだろうが、復興のスピードが遅いと感じてしまう。

原発の事故の被害も甚大だ、多くの住民が着の身着のままで避難して1年が経ち、目に見えない放射能汚染のため、家に帰るめども立たないまま、生活のために故郷を離れざるを得ない人も多くいるようだ。

復興にはまだまだ時間がかかるのだろうが、国はもっとスピードを上げて手を打っていって欲しいものだ。

2012年3月 7日 (水)

仏像彫刻/大日如来の彫刻-5

彫り始めて約1ヶ月が経過した。今回は腕と胴が彫り分けられ、顔も目鼻立ちを彫り込み、手の指も、少しそれらしい形になってきた。毎日彫っているわけではないので、作業は少しずつしか進まないが、それでも、ここまでは作業の進み具合に応じて、仏像の形は比較的はっきり変化してきている。

でも、これからの作業は、顔の表情や、手足の指、衣のヒダ、装具など細かい部分を彫る必要があり、少しの部分にも時間がかかるので、見た目の進み具合はグッと遅くなるだろう。

この後の作業は、腕の裏側と胴の部分を彫るために、一旦、腕を腕輪の下で切断して、腕の裏側と胴を彫って行き、最後に接着することになる。
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2012年3月 5日 (月)

2012年春闘交渉がはじまった

いよいよ春闘の時期となり、全国的に春闘交渉が始まった。2月中旬には、大手電機メーカや大手自動車メーカの労働組合が要求書を提出して、3月14日の集中回答日に向けて労使の交渉がはじまった。今年の交渉は、昨年の大震災、タイの洪水や今年の円高の影響によって、電機大手も自動車大手も業績が悪くなっており先行きも不透明なことから、大変厳しい状況のようで、要求内容も、ベースアップの要求を見送り、定期昇給分の維持と一時金の確保に的を絞っているようだ。

勤務先でも2月後半に労働組合からの要求書提出があり、3月後半の決着を目指して春季交渉がスタートした。私は、昨年の秋季交渉からは交渉の事務局からはずれ、交渉の場には出なくなったが、永年関わってきたせいか、やはり動向が気になる。

勤務先の労働組合も今期の要求は、ベースアップ要求をせず、構造維持の確保の要求に絞ったようだ。他には、手当の増額や途中入社者の賃金レベルの是正等の要求もある。構造維持というのは、モデル賃金で見て年齢毎には前年と同額になるようにすると言うことで、大手で言っている定期昇給分維持と同じ内容だ。

最近は賃上率が下がっていて、ベースアップ分どころか構造維持分の率を確保するのも厳しい状況になっている。賃金制度の見直しもそろそろ必要かもしれない。

2012年3月 4日 (日)

2012年春さがし/春の気配はすぐそこに

3月3日の桃の節句も過ぎて、ようやくあたりが春めいてきたようだ。3月に入ってからは寒さもやわらぎ、陽射しのある日も続いていて庭の木々も蕾を膨らませたり、葉芽をつけたりしている。

紅梅もようやくつぼみが膨らんできたようだ。去年は2月中にもう咲いていたことを思うと今年はやはり少し寒いのだろう。
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当たりを見回すと三つ葉ツツジも蕾を大きくしている。紫陽花も葉芽を枝の先につけている。
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白椿は咲き継いできた花もそろそろ終盤か。紅椿は、寒波でしばらく咲くのをやめていたが、ポツリポツリと咲き出した。
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沈丁花の花はもう少し先か。
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寒さに強いパンジーも暖かくなれば、やっぱり元気が出るようだ。
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