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2012年3月28日 (水)

桜ソング

昨日のテレビのニュースで、新しく検定に合格した高校教科書のことが取り上げられていたが、国語総合では小野小町の「花の色はうつりにけりな・・・・」などの和歌と並んで俵万智の短歌やコブクロと森山直太朗の「さくら」の歌詞も掲載されたと伝えていた。新学習指導要領で、日本の伝統や文化に関する教育の充実が求められていることから、「日本の文化における桜のありようを探ってみよう」と言う趣旨だそうだ。

日本人は昔から桜の花が好きなようだ。和歌などでも花と言えば桜を指すように他の花よりもずっと思い入れが深い。私も、毎年桜の時期になると近隣の桜の名所を訪ねて歩いている。テレビで桜前線のニュースが出ると、地元では何時ごろになるかと指を折ってみたりする。

でも、古くから和歌や俳句などには良く出てくる題材だが、歌謡曲などにはあまり桜の曲がないような気がする。20世紀までで見ると、「さくらさくら」と滝廉太郎の「花」松田聖子の「チェリーブラッサム」ぐらいしか思い浮かばない。
ところが、2000年以降になると、福山雅治の「桜坂」を皮切りに、コブクロや森山直太朗の「さくら」などがヒットしたあたりから、いろんな歌手が「桜の歌」を発表している。桜ソングというジャンルもあるくらいで、有名な歌手やグループはたいがい桜ソングを1曲は歌っているようだ。

このギャップはどうしてだろうと考えてみたが、私の年代よりも上の世代は、桜を美しいと感じるけれども、その美しさの裏に妖しさや魔性のようなものを感じてしまうのかもしれない。梶井 基次郎の「桜の樹の下には」と言う作品は「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という文で始まっているが、まさに日本人の桜に対する思いの込められた表現だと思う。加えて、戦争中は死ぬことを美化するために、桜の散ることと死ぬことが結び付けられたため、戦中戦後世代は、手放しでは桜の美しさを愛でることが出来ず、歌謡曲などの題材としてはあまり取り上げられなかったのではないだろうか。

ところが21世紀になれば音楽を作る側も聞く側も若返ったことで、戦争の呪縛から解き放たれて、また旧来の妖しさを感じることも少なくなり、素直に春の喜びや、人生の節目の出会いと別れの気持ちを込める歌として若い世代に受け入れられたのだろう。

私も、コブクロの「さくら」と森山直太朗の「さくら」は大好きな歌のひとつだ。

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